3 労働災害


 労働者を一人でも使用していれば、法律上、当然に労働保険(雇用保険と労災保険)に加入が義務
付けられる「当然適用事業」が原則であり、例外として、農林水産業のうち、労働保険に加入を事業
主や使用されている労働者の過半数の意思に委ねられている事業(暫定任意適用事業)があります。
 労働災害が発生した場合、まず労災保険によって保護されることになりますが、状況によっては、
使用者・企業に対して、別途、損害賠償請求をする余地もあります。


 ⑴ 労働災害とは
    
   労働災害は、労働者の就業に係る建設物、設備、原材料、ガス、蒸気、粉じん等により、又は
  作業行動その他業務に起因して、労働者が負傷し、疾病にかかり、又は死亡することをいい(労
  働安全衛生法2条1号)、業務中(業務災害)のみならず、通勤中の災害(通勤災害)も含みま
  す。

   ア 業務災害

     業務災害とは、労働者の業務上の負傷、疾病、障害又は死亡をいい(労働者災害補償保険
    法7条1項1号)、労働者が使用者の支配下にある状態(「業務遂行性」)において、業務
    に伴う危険性や有害性が現実化したものと認められること(「業務起因性」)が要件とされ
    ています。
     業務遂行性は、作業中、生理的な行為による作業中断中、作業の準備・後始末・待機中、
    作業に付随・関連する行為、事業施設内での休憩中、出張中は勿論のこと、通勤や運動会へ
    の参加等であっても、業務の性質があるものなどに認められます。

     業務災害の発生により、事業主は労働者に対し、療養費用や休業中の賃金等の補償責任を
    負いますが(労働基準法75条~80条)、労働者災害補償保険(労災保険)による給付が
    行われるときは、事業主は労働基準法上の補償責任を免れるものとしています(同法84条)。
   
   イ 通勤災害

     通勤災害は、労働者の通勤による負傷、疾病、障害又は死亡を通勤災害といい(労働者災
    害補償保険法7条1項2号)、使用者に補償責任はないが、勤務との関係が強いということ
    から、昭和48年の法改正で労災保険の適用が認められたものです。
     ここに、「通勤」とは、労働者が就業に関し、合理的な経路及び方法により、住居と就業
    場所との往復、厚生労働省令に定める就業場所から他の就業場所への移動等をすることをい
    い、業務の性質を有するものを除きます。


 ⑵ 労災保険による補償

   労災保険による補償の概略は次のとおりで、保険給付と特別支給金の組合せによっています。
   そのうち、特別支給金は社会復帰促進等事業に基づくものであり、損害賠償とは制度趣旨が違
  うものとして、損害賠償金から控除されない扱いとなっています。
   例えば、通勤災害では、被害者に過失があっても療養(補償)給付は全額給付されますし、休
  業特別支給金が損害賠償とは別途支給される(控除されない)などのメリットがあります。

   ① 保険給付
    
    ・療養(補償)給付   療養の給付又は療養の費用
    ・休業(補償)給付   休業4日目から、1日につき給付基礎日額の60%
    ・障害(補償)年金   1~7級相当の給付基礎日額日数分の年金
    ・障害(補償)一時金  8~14級相当の給付基礎日額日数分
    ・遺族(補償)年金   遺族の数に応じた給付基礎日額の日数分の年金
    ・遺族(補償)一時金  遺族(補償)年金を受け得る遺族がいないとき等
    ・葬祭料等       31.5万+給付基礎日額の30または60日分
    ・傷病(補償)年金   療養1年6か月経過、1~3級の給付基礎日額日数分
    ・介護(補償)給付   一定の障害、傷病年金受給者。介護の程度で区分
    ・二次健康診断等給付  一定の該当者
 
   ② 特別支給金
    
    ・休業特別支給金  休業4日目から、1日につき給付基礎日額の20%
    ・障害特別支給金  1~7級に応じた一時金
    ・障害特別年金   1~7級の算定基礎日額日数分の年金
    ・障害特別支給金  8~14級に応じた一時金
    ・障害特別一時金  8~14級の算定基礎日額日数分の一時金
    ・遺族特別支給金  一律300万円
    ・遺族特別年金   遺族の数等に応じ、算定基礎日額日数分の年金
    ・遺族特別支給金  遺族(補償)年金を受け得る遺族がいないときのみ
    ・遺族特別一時金  算定基礎日額の1000日分(支給分控除の場合あり)
    ・傷病特別支給金  1~3等級に応じた一時金
    ・傷病特別年金   1~3等級の給付基礎日額日数分の年金


 ⑶ 保険給付の制限

   次の①~③に該当する場合、保険給付が制限されることがある。

   ① 労働者が故意に負傷、疾病、障害若しくは死亡又はその直接の原因となった事故
     を発生させたとき-給付しない。
 
   ② 労働者が故意の犯罪行為または重大な過失により、負傷、疾病、障害若しくは死
     亡若しくはこれらの原因となった事故を生じさせたとき-
     休業(補償)給付、傷病(補償)年金、障害(補償)給付を支給する度に30%
     を減額。ただし、年金は療養開始後3年間以内に支払われる分に限られる。

   ③ 労働者が正当な理由なく、療養に関する指示に従わないことにより、負傷、疾病、
     障害の程度を増進させ、若しくはその回復を妨げたとき-
     増進または回復を妨げた都度、休業(補償)給付の10日分または傷病(補償)
     年金の365分の10相当額

     なお、「重大な過失」とは、事故発生の直接の原因となった行為が、法令上の事故防止に
    関する規定で罰則の附されているものに違反すると認められる場合と解釈されています。


 ⑷ 労働協約・就業規則等における上積み補償
  
   使用者・企業には、労災保険給付の上積み補償制度を労働協約や就業規則等で設け、併せて、
  労災上積み保険に加入しているところもあります。
   労災保険との関係では、上積み補償制度は、労働災害の補償について法定補償の不足を補うた
  め上積みする趣旨が通常であり、原則として保険給付には影響を与えないとされています。


 ⑸ 使用者・企業の損害賠償責任
    
   業務災害について使用者、企業に故意・過失があれば、不法行為責任を負い、被用者の監督を
  怠ったことにより災害が発生した場合も使用者として不法行為責任を負うことになります。
   また、使用者・企業には、労働・雇用契約の付随義務として、信義則上、労働者の生命・身体
  の安全等について配慮すべき義務(「安全配慮義務」)があり、安全配慮義務に違反すれば債務
  不履行責任を負うことになります。
    
   使用者・企業が有責である場合、労災保険は慰謝料を給付対象としておらず、給付額も必ずし
  も全損害をカバーするに足るものではないことから、被災者が、使用者・企業損に対し、害賠償
  請求をする余地が生じます。

   損害賠償請求と上積み補償制度との関係については、上積み補償の制度化により、損害賠償額
  の予定や損害賠償請求権の放棄として認められるかが問題となりますが、それらを明示する規定
  の有無や補償の内容・程度等により解釈が分かれることになろうと思われます。
   なお、上積み補償制度を利用することなく、損害賠償請求をするということも考えられないで
  はありません。

 ⑹ 時効

   令和2年4月1日施行の改正法は、時効について変更を加えています。
   
   ア 労災事故では、安全配慮義務(債務不履行)、不法行為、使用者責任が問題となりますが、
    債務不履行については、損害及び加害者を知った時(主観的起算点)から5年、権利を行使
    することができる時(客観的起算点)から10年、不法行為については、損害及び加害者を
    知った時(主観的起算点)から3年、権利を行使することができる時(客観的時効期間)か
    ら20年が原則となります。
     ただし、いずれの場合も、人の生命・身体の侵害による損害賠償請求権については、主観
    的起算点から5年、客観的起算点から20年となります。

   イ 時効障害事由
     改正法は、これまで時効の「中断」、「停止」とされてきた時効障害を、それぞれ「更新」
    、「完成猶予」とし、その効果を解りやすく表現、整理し、再構成しています。
     また、時効の「完成猶予」に、「協議による時効完成猶予」を新設しました。
     「完成猶予」は、権利者が権利の上に眠らずに権利行使をしたと見られる場合をいい、「
    更新」は、確かに権利が存在すると認められる場合となります。



 

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