平成29年6月2日に公布された「民法の一部を改正する法律」は、令和2年4月1日に施行
されます。そこで、改正の要点を少しづつみていくことにします。
1 意思能力
改正法は、「第二節 意思能力」として、「法律行為の当事者が意思表示をした時に意
思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする」(第3条の2)との規定を
新設しました。
従前、判例・通説は、意思能力を欠く者による法律行為は無効であると解釈していまし
たが、それを明文化したものです。
ただ、法律行為の定義をすることなく、法律行為の効力のみを規定するにとどまってい
ます。それは、意思能力については、見解が分かれているばかりか、高齢化社会を控えて
十分な研究がなされる必要があるとの考えによるものとされています。
なお、無効主張は相手方からはできない(相対的無効)として、意思無能力者を保護す
る解釈がなされています。
2 行為能力
⑴ 保佐人の同意を要する行為
改正法は、第13条第1項に第10号として、「前各号に掲げる行為を制限行為能力
者(未成年者、青年被後見人、被保佐人及び第17条第1項の審判を受けた被補助人を
いう。以下同じ。)の法定代理人としてすること」という規定を新設し、保佐人の同意
を要する行為を追加しました。
制限行為能力者とは、法律行為を単独で有効に行うことができる能力(行為能力)が
制限された者をいい、形式的・画一的基準に基づくことにより、判断能力が不十分な者
を保護するとともに取引の安全にも配慮がなされています。
制限行為能力者に当る被保佐人も、親権者、後見人、保佐人、補助人になることがで
きますが、被保佐人が第13条第1項の第1号から第9号の行為を法定代理人(親権者
等)として行う場合に、保佐人の同意が必要であることを明示したものです。
⑵ 制限行為能力者の相手方の催告権
従前、第20条において、「制限行為能力者(未成年者、青年被後見人、被保佐人及
び第17条第1項の審判を受けた被補助人をいう。以下同じ。)」と定義していました
が、改正法では、第13条第1項第10号において制限行為能力者が定義されたため第
20条からこれを省きました。実質的な改正はありません。
3 物
改正法は、第86条から第3項(無記名債権は、動産とみなす)を削除しました。
無記名債権とは、乗車券、商品券、演劇等のチケットのように債権者の氏名が表示され
ず、債権の成立、存続、行使が証券によってなされる債権をいいます。従前は、物的な証
券の面から動産とみなし、取引の安全を保護したのですが、有価証券制度が発展した現在、
無記名債権を動産とみなす必要はないとされたものです。
改正法は、「無記名債権」という用語をなくしたうえで、第三編債権、第一章総則の第
七節に「有価証券」を新設して、第四款に「無記名証券」の規定を置きました(第520
条の20)。
4 公序良俗
改正法は、民法第90条を「公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする」
とし、「事項を目的とする」との文言を削除しました。
判例・通説は、公序良俗について、法律行為の目的となる事項(内容)だけを考慮する
のではなく、法律行為がなされる過程やその他事情を含めて判断していたことから、それ
を明確にしたものです。
5 意思表示
⑴ 心裡留保(第93条)
改正法は、第93条につき、「相手方が表意者の真意を知り」とされていたのを「相
手方がその意思表示が表意者の真意ではないことを知り」と改正し、従前からの解釈で
ある、真意の内容を知ることまでは不要であり、真意でないことを知ることで足ること
を明文化しました。
また、「前項ただし書の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗すること
ができない」(第2項)として第三者保護規定を新設しましたが、これは第94条2項
を類推適用して第三者を保護した判例の立場を明文化したものです。
⑵ 錯誤(第95条)
第95条の体裁・文言が大幅に変わり、法律効果も「無効」から「取消し」に変更さ
れました。
ア 改正法の第95条第1項は、「法律行為の要素に錯誤があったときは」とされて
いたのを「その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通に井照らして重要なもの
であるときは」としましたが、これは要素の錯誤についての判例を踏襲したもので
あり、内容的な変更はないとされています。
ただし、錯誤の法律効果について、「取消し」としました。
また、第1項は、錯誤の態様として、「表示の錯誤」と「動機の錯誤」の2種類
があることを示しました。
⑶ 詐欺(第96条)
第96条第2項は、第三者が詐欺を行った場合、「相手方がその事実を知っていたと
きに限り」表意者に詐欺取消しを認めていましたが、改正法は、「相手方に対する意思
表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知り、又は知
ることができたときに限り、その意思表示を取り消すことができる」として、「知るこ
とができたとき」も、詐欺取消しを認めました。
また、改正法は、第3項の第三者保護用件を、「善意」のみから「善意・無過失」に
加重し、通説を明文化しました。
⑷ 意思表示の効力発生時期等(第97条)
改正法第97条第1項は、「隔地者に対する」との文言を削除し、隔地者、対話者を
問わず、意思表示一般について到達主義を明示しました。
また、第2項として「相手方が正当な理由なく意思表示の通知が到達することを妨げ
たときは、その通知は、通常到達すべきであった時に到達したものとみなす」との規定
を新設しました。
従前の第2項は、第3項に移したうえ意思表示一般に拡張し、「意思能力を喪失し」
た場合を加え、「行為能力を喪失したとき」とされていたのを「行為能力の制限を受け
たとき」としました。
⑸ 意思表示の受領能力(第98条の2)
改正法第98条の2は、「意思表示の相手方がその意思表示を受けた時に未成年者又
は成年被後見人であったときは、その意思表示をもってその相手方に対抗することがで
きない」とされていた規定に「意思能力を有しなかったとき」を加えました。
ただし書についても、体裁を変え、第1号に相手方の法定代理人とし、第2号として
「意思能力を回復し、又は行為能力者となった相手方」を加えました。
6 代理
⑴ 代理行為の瑕疵(第101条)
改正法は第101条第1項に「代理人が相手方に対してした」との文言を付加し、第
2項として「相手方が代理人に対してした意思表示の効力が意思表示を受けた者がある
事情を知っていたこと又は知らなかったことにつき過失があったことによって影響を受
けるべき場合には、その事実の有無は、代理人について決するものとする」として、第
1項が能動代理、第2項が受動代理の場合と分けて規定しました。
判例は、代理人が詐欺や強迫をした場合も民法第101条の適用があるとしていまし
たが、改正法によれば、民法第101条の適用はなく、直接詐欺や強迫等の規定を適用
すべきこととされています。
なお、第1項に、「錯誤」が加えられましたが、心裡留保於、虚偽表示とともに意思
の不存在として類型化されていたところ、動機の錯誤が明文化され、意思の不存在とし
て包含しきれないことによるものと思われます。
また、従前の第2項が第3項に移りましたが、「本人の指図に従って」との文言が削
除されました。判例に従ったものですが、広く本人の主観を考慮する趣旨によるもので
しょう。
⑵ 代理人の行為能力(第102条)
改正法第102条は、「制限行為能力者が代理人としてした行為は、行為能力の制限
によっては取り消すことができない」として、本人は代理人の行為能力の制限を理由に
代理人のなした法律行為を取り消せないことを明確にしました。
また、「ただし、制限行為能力者が他の制限行為能力者の法定代理人としてした行為
については、この限りではない」としていますが、これは、制限行為能力者が他の制限
行為能力者の法定代理人になることは民法も予定しているところ、本人保護の観点から、
制限行為能力者が他の制限行為能力者の法定代理人としてした行為については取り消し
を認めたものです。
⑶ 法定代理人による復代理人の選任(第105条)
改正前の第105条(復代理人を選任した代理人の責任)が削除され、改正法の第1
05条には、改正前の第106条に置き換えられました。
改正前の第105条の規定が削除されたのは、履行補助者を用いた債務者の責任との
対比等から、代理人の復代理人に対する監督責任を軽減することの妥当性が問われたこ
とによります。
復代理人を選任した代理人の(本人に対する)責任は、代理権授与契約の債務不履行
の問題として、債務不履行の一般原則によって処理されることになりました。
⑷ 復代理人の権限等(第106条)
改正前の第105条が削除された関係で、改正前の第107条が改正後の第106条
となっています。
改正法106条第2項は、「復代理人は、本人及び第三者に対して、その権限の範囲
内において、代理人と同一の権利を有し、義務を負う」とし、「その権限の範囲内にお
いて」との文言を付加しています。
⑸ 代理権の濫用(第107条)
改正法は、「代理人が自己又は第三者の利益を図る目的で代理権の範囲内の行為をし
た場合において、相手方がその目的を知り、又は知ることができたときは、その行為は、
代理権を有しない者がした行為とみなす」との規程を新設しました。
代理権の濫用について、判例は、93条ただし書(改正前)を類推し、「相手方が代
理人の右意図を知り又は知ることを得べかりし場合」には本人に法律効果を帰属させな
いとしていました。
そこで、改正法107条として、代理権濫用の場合について明文で規定しました。
⑹ 自己契約及び双方代理等(第108条)
改正前の第108条では、「同一の法律行為については、相手方の代理人となり、又
は当事者双方の代理人となることはできない」とされていましたが、改正法は、「・・
代理人としてした行為は、代理権を有しない者がした行為とみなす」として、無効では
なく、無権代理であることを明確にしました。
また、第2項として、「前項本文に規定するもののほか、代理人と本人との利益が相
反する行為については、代理権を有しない者がした行為とみなす。ただし、本人があら
かじめ許諾した行為については、この限りでない」との規定を新設し、判例の立場を踏
襲して、利益相反行為も無権代理となることを明示しました。
⑺ 代理権授与の表示による表見代理(第109条)
改正法は、第109条第2項を新設し、「第三者に対して他人に代理権を与えた旨を
表示した者は、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間で行為をしたとす
れば前項の規定によりその責任を負うべき場合において、その他人が第三者との間でそ
の代理権の範囲外の行為をしたときは、第三者がその行為についてその他人の代理権が
あると信ずべき正当な理由があるときに限り、その行為についての責任を負う」としま
した。
これは、表示された(現実の受験行為はない)代理権の範囲外の行為がなされたとき
については規定が存在せず、判例は、改正前の第109条と第110条の重畳適用を認
め、本人が責任を負う場合があるとしていましたが、それを明文化したものです。
⑻ 権限外の行為の表見代理(第110条)
第109条に第2項が新設されたことから、改正前の文言「前条本文の規定は」が「
前条第1項本文の規定は」と改められましたが、実質的な変更はありません。
⑼ 代理権消滅後の表見代理等(第112条)
改正法の第112条第1項では、改正前の規律はそのままに明確に表現するとともに、
「善意」の意味についても、「代理権の消滅の事実を知らなかった」ことと明確に規定
しました。
第2項では、代理権の消滅後、その代理権の範囲外の行為をした場合について、第1
10条との重畳適用を認めた判例法理を明文化しました。第三者に、「代理権があると
信ずべき正当な理由があるときに限り」本人が責任を負います。
⑽ 無権代理人の責任(第117条)
改正法第117条第1項は、文言を改め、「自己の代理権を証明したとき、又は本人
の追認を得たときを除き」無権代理人としての責任を負うとして、立証責任の所在を明
確にしました。
第2項は体裁を改めるとともに、第2号では、ただし書で、相手方が過失により無権
代理であることを知らなかったときに代理人自身が無権限であることを知っていた場合、
代理人は無権代理の責任を負うものとしました。
第3号では、改正前に「行為能力を有しなかったとき」とされていたものを、他人の
代理人として契約をした者が「行為能力の制限を受けていたとき」と改めています。
7 無効及び取消し
⑴ 取消権者(第120条)
改正法第120条第1項は、「制限行為能力者(他の制限行為能力者の法定代理人と
してした行為にあっては、当該他の制限行為能力者を含む。)」と( )内の文言を
付加し、他の制限行為能力者が取消権を有することを明示しました。
第2項に「錯誤」が加わりました。「錯誤」の法律効果が「無効」から「取消し」に
変わったことによります。
⑵ 取消しの効果(第121条)
改正法は、改正前の本文「取り消された行為は、初めから無効であったものとみなす。
」のみを残し、「制限行為能力者は、その行為によって現に利益を受けている限度にお
いて、返還の義務を負う。」とする「ただし書き」を削除しました。
そして、第121条の2として、「原状回復の義務」についての規定を新設しました。
⑶ 原状回復の義務(第121条の2)
無効の法律行為の効果については明文規定がなく、不当利得の問題として考えられて
いましたが、対価的な給付を内容とする法律行為についてまでも適用されるべきかなど
争いがありました。
改正法は、無効となる場合の原状回復の義務について、第121条の2として明文化
しました。
同条第1項は、「無効な行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、相手方を
原状に服させる義務を負う。」と規定していますが、第2項との対比からして、第1項
が有償行為を対象とし、返還義務は現存利益に限られないことが明らかです。
例外として、第2項では、無償行為により給付を受けた者が、給付を受けた当時無効
であることについて善意の(知らなかった)ときは、現存利益の限度で返還義務を負う
としました。
第3項は、「意思能力を有しなかった者」を加えましたが、改正前の第121条ただ
し書と同様の内容としています。
⑷ 取り消すことができる行為の追認(第122条)
改正前の第122条は、「取り消すことができる行為は第120条に規定する者が追
認したときは、取り消すことができない。ただし、追認によって第三者の権利を害する
ことはできない。」としていました。
しかし、追認(法律行為が有効となる)によって第三者が不利益を受ける場合は考え
られず、ただし書は、無意味で不要な規定であるとして削除されました。
⑸ 追認の要件(第124条)
改正法第124条第1項は、取り消すことができる行為の追認は、取消の原因となっ
ていた状況の消滅に加えて、「取消権を有することを知った後」でなければ効力を生じ
ないとする判例法理を明文化しました。
それにより、重複する形となる改正前の第2項は削除されました。
第2項では、取消原因が消滅する前でも追認ができる場合を纏めていますが、第1号
は、改正前の第3項の規律を維持するものとなっています。
第2号では、制限行為能力者(成年被後見人を除く)は、法定代理人・保佐人・補助
人の同意を得て単独で法律行為を行えることから、同意があれば追認が可能であるとす
る考えを明文化しました。
⑹ 法定追認(第125条)
改正法は、改正前の第125条から「前条の規定により」という文言を削除しました。
理解しづらいところですが、これは、法定追認については、取消権を有することを知っ
ている必要はないとするものです。
判例は、追認権者が取消の可能性を認識せずに追認事由該当行為をした場合にも追認
の効果が生じるとし(大判対象12年6月11日)、通説も、相手方の信頼保護と法律
関係の安定の観点からこれを支持しているところから、その立場をとることを明らかに
したものです。
8 条件および期限
条件の成就の妨害等(第130条)
改正法は、第130条第2項として、「条件が成就することによって利益を受ける当事
者が不正にその条件を成就させたときは、相手方は、その条件が成就しなかったものとみ
なすことができる。」との規定を新設しました。
改正前の第130条の規定とは逆の場合について、同条が類推適用され、相手方は条件
が成就しなかった者とみなすことができるとした判例の考え方を明文化したものです。