1 損害賠償とは


 「損害賠償」とは、違法な行為により生じた損害をその原因を作った者が填補して、損害が発生
しなかったと同じ状態にすることをいい、適法な行為による場合の「損失補償」と区別されます。

  なお、損失補償には、適法な公権力の行使による財産上の特別の犠牲に対し、公平平等負担の
見地からこれを調整するためになされる財産的補償である行政法上の損失補償、特定の者が金融機
関から融資を受ける場合に、地方公共団体が損失を被った金融機関にその損失を補償する財政援助
や相隣関係に基づくものがあります。


  ⑴ 債務不履行と不法行為
   
    民法における損害賠償は、主として債務不履行に基づくものと不法行為に基づくものに大き
   く分けられます。  
  
    債務不履行(契約責任)とは、債務者が債務の本旨に従った履行をしないことであり(履行
   遅滞、不完全履行、履行不能)、債務者の責めに帰すべき事由による場合に損害賠償責任が生
   じます。
    ここに債務者の責めに帰すべき事由(帰責事由)とは、故意もしくは過失または信義則上そ
   れらと同視すべき事由とされ、例えば、履行補助者(債務者の使用人等)の過失は、信義則上、
   債務者の過失と同視されることになります。

    (一般)不法行為とは、故意または過失によって他人の権利ないし利益を侵害する行為をい
   い、民法及び特別法において、立証責任の転換や無過失責任を規定するなど、原則を修正した
   特殊不法行為も定められています。
    民法上の特殊不法行為として、監督義務者の責任(民法714条)、使用者責任(715条)、
   注文者責任(716条)、工作物責任(717条)、動物占有者の責任(718条)、共同不法行為
   (715条)があり、特別法上の不法行為として、自動車損害賠償保障法、製造物責任法、国家
   賠償法などがあります。

    ア 損害賠償請求の要件、範囲、方法

      債務不履行に基づく損害賠償請求の要件は、①債務不履行の事実、②債務者の帰責事由、
     ③当該債務不履行による損害の発生(損害の発生と因果関係)です。
      不法行為に基づく損害賠償請求の要件は、①責任能力のある加害者、②加害者の故意・
     過失、③加害行為の違法性、④加害行為による損害の発生(損害の発生と因果関係)です。

      損害賠償の範囲は、行為と因果関係のある損害に画されますが、判例は、社会通念上、
     その行為がなければその損害が生じなかったことが認められ、かつ、そのような行為があ
     れば通常そのような損害が生じるであろうと認められる関係(相当因果関係)がある範囲
     に限るものとし、通常生ずべき損害を原則とし、特別の事情によって生じた損害は、その
     事情を当事者が予見可能であった場合に限られるとする416条はこれを具体化したもの
     としています。
      「あれなくばこれなし」という関係(事実的因果関係)だけでは、風吹けば桶屋が儲か
     るといったように際限がなくなることから、相当性の認められる範囲に制限する考え方が
     とられています。
      不法行為については、規定がありませんが、債務不履行に関する416条が準用される
     と解されています。

      損害賠償の方法は、金銭賠償が原則ですが(417条、722条1項)、特殊の不法行
     為については原状回復的な救済手段も認めています(723条)。

    イ 債務不履行に基づく損害賠償と不法行為に基づく損害賠償の主な相違点

      ① 相殺

       不法行為に基づく損害賠償債権を受働債権とする相殺(一方的な意思表示により両債
      権消滅の効果を生じる)は禁止されます(民法509条)。
       被害者救済の観点から現実に損害賠償をさせる必要があり、また、債権回収ができな
      い腹いせに暴行を加えてその債務と相殺することなどを防止する趣旨です。
       なお、不法行為に基づく損害賠償債権を自働債権とする相殺は許容されますし、合意
      に基づく場合は相殺が可能です。交通事故事件では、合意による相殺処理によって支払
      いの簡便化が図られています。

       令和2年4月1日施行の改正法は、不法行為により生じた債権を受働債権とする相殺
      についても改正を加えました。
       従前「債務が不法行為によって生じたときは、その債務者は、相殺をもって債権者に
      対抗できない」と規定し、そのような相殺を一律に禁止していましたが、改正法509
      条は、「悪意による不法行為に基づく損害賠償の債務」と「人の生命又は身体の侵害に
      よる損害賠償の債務」を受働債権とする相殺に限定しました。
       したがって、物損同士の事故の場合は、一方当事者の意思表示により相殺が可能にな
      りました。

      ② 近親者の慰謝料

       不法行為では、生命侵害の場合(それに比肩すべき場合も(判例))に一定の近親者
      に固有の慰謝料請求権を認めています(710条、711条)。
       なお、債務不履行については、精神的損害(慰謝料)に関する規定はありませんが、
      不法行為との対比から、被害者本人については、これを認めるのが判例・通説です。

      ③ 立証責任

       債務不履行では、債務者が債務者に帰責事由がないことを立証しなければならず、不
      行法為では、債権者(被害者)が債務者(加害者)に故意または過失があることを立証
      しなければなりません。
       ただし、被害者保護の観点から、監督義務者の責任、使用者責任、工作物責任の占有
      者、自動車損害賠償保障法、製造物責任法などでは、一定の免責事由を定め、立証責任
      を転換しています。

      ④ 過失相殺

       債務不履行では、被害者の過失を必ず斟酌しなければならず、加害者を免責すること
      も可能です。
       不法行為では、被害者の過失を斟酌するか否かは裁判所の裁量であり、加害者を免責
      することはできません。

      ⑤ 消滅時効

       消滅時効の起算点は、権利を行使することができる時であり(166条1項)、それ
      は、権利行使について法律上の障害がなくなった時と解されています。
       債務不履行に基づく損害賠償請求権は、本来の履行請求権の拡張ないし内容の変更で
      あって、本来の履行請求権と法的同一性を有するから、債務不履行に基づく損害賠償請
      求権の消滅時効の起算点は、本来の債務の履行を請求できる時となり(最判平成10年
      4月24日判決)、それから10年です。
       なお、安全配慮義務違反による損害賠償請求権の消滅時効の起算点は、損害発生時と
      されています。
       不法行為では、被害者等が加害者及び損害を知ったときから3年、不法行為の時から
      20年(除斥期間)となっています(724条)。

       令和2年4月1日施行の改正法は、債権者が、「権利を行使することができることを
      知った時」(主観的起算点)から5年間行使しないとき、「権利を行使することができ
      る時」(客観的起算点)から10年間行使しないとき、債権は、時効によって消滅する
      としました(改正法166条1項)。
       不法行為債権については、短期3年、長期20年の期間が維持されていますが、長期
      の20年について時効期間であることが明示されました。
       生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効については、債務不履行に基づ
      くもの、不法行為に基づくもののいずれについても主案的起算点から5年、客観的起算
      点から20年に統一されています(改正法167条、724条の2)。

       ※ 時効障害事由

         なお、改正法は、これまで時効の「中断」、「停止」としてきた時効障害を、そ
        れぞれ「更新」、「完成猶予」として、その効果を解りやすく表現・整理し、再構
        成しています。
         また、時効の「完成猶予」として、新たに「協議による事項完成猶予」を設けて
        います。
         「完成猶予」は、権利者が権利の上に眠らずに権利行使をしたとみられる場合を
        いい、「更新」は、確かに権利が存在すると認められる場合をいいます。

      ⑥ 遅延損害金の発生時

       遅延損害金の発生時は、債務不履行では、請求時であり、不法行為では、不法行為時
      (請求不要)です。
       したがって、不法行為では、弁護士費用についても不法行為時から遅延損害金が発生
      する扱いとなっています。
        なお、和解等では、遅延損害金をそのままには算定せず、調整金として考慮するこ
      とがあります。
  
       今般の債権法改正により法定利率の改正もなされたため(404条)、遅延損害金が
      法定利率による場合大きな影響が生じることになりました。
       改正の概要は、①改正当初の法定利率を3%とし、3年ごとに利率の見直しを行う。
      ②法定利率を用いる場合の基準時を定めた。③商事法定利率の規定を削除した、という
      ことになります。
       一旦利率が定まれば、その後の利率の変動の影響を受けることはありません。
       なお、中間利息控除についても明文規定が置かれました(417条の2)。

      * 中間利息控除

        逸失利益等将来得られるであろう利益などについても、本来の時期以前に支払われ
       るため、その間の運用益を控除しなければその分の利得が生じることになります。そ
       こで、将来の利息による増額分を控除することを中間利息控除といいます。
        従来、年5%の法定利率で中間利息控除がなされていましたが、改正法では、法定
       利率の変動制をとり、年3%から始まることになりました。
        それにより、逸失利益等は従来よりも高額となることが想定されます。

      ⑦ 弁護士費用

       債務不履行とは異なり、不法行為では、弁護士費用を損害として算定します(認容額
      の1割程度)。ただし、判決の場合と異なり、和解等では考慮しない扱いが通常です。
       近時、最高裁は、労働者の就労中の事故につき、安全配慮義務違反を理由とする債務
      不履行に基づく損害賠償請求が不法行為に基づく場合と主張立証責任がほとんど変わら
      ないとして、弁護士費用を損害として認めました(最高裁平成24年2月24日判決)。


  ⑵ 請求権競合
    
    一つの社会生活上の事実が複数の規範の法律要件を満たす場合に、どのように考えるべきか
   が問題となります。
    判例・通説は、請求権は相互に独立して複数発生し、相互に影響されないとして、複数の請
   求権の成立を認めています(請求権競合説)。そして、同一の目的を有し両立しえる複数の請
   求を一つの請求が認容されることを解除条件として他の請求を併合することを認め(訴えの客
   観的選択的併合)、不当な結果が生じないようにしています。
    請求権競合は、損害賠償請求権と不当利得返還請求権、所有権に基づく返還請求権と契約に
   基づく返還請求権などにも認められますが、債務不履行に基づく損害賠償請求と不法行為に基
   づく損害賠償請求権が重要です。
 
 



 

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