10 債権
⑷ 総則―債権の消滅
ア 弁済(第473条)
改正法は、「債務者が債権者に対して債務の弁済をしたときは、その債権は、消滅
する。」との規定を新設しました。
あまりにも当然ということもあってか、改正前は、かかる大原則について規定がな
く、「弁済」については「第三者の弁済」から始まっていたのですが、改正法は、「
弁済」の基本として明文化しました。
イ 第三者の弁済(第474条)
改正前と同じく、債務の弁済は、第三者もすることができます(第1項)。
「弁済をするについて正当な利益を有する者でない第三者は、債務者の意思に反し
て弁済をすることができない。ただし、債務者の意思に反することを債権者が知らな
かったときは、この限りでない。」(第2項)
改正前の「利害関係を有しない第三者」を「正当な利益を有する者でない第三者」
と改め、債務者の意思に反する場合は原則として無効とし、債務者の意思に反するこ
とを債権者が知らなかった場合は有効としました。
なお、正当な利益を有する第三者は、債務者の意思に反しても弁済することができ
ます。
「正当な利益を有する者でない第三者」は、債権者の意思に反する弁済はできない
のが原則ですが、その第三者が債務者の委託を受けてする弁済で、そのことを債権者
が知っていたときは有効です(第3項)。
債務の性質が第三者の弁済を許さないとき、当事者の禁止若しくは制限する旨の意
思表示があるときは、前3項は適用されません(第4項)。
ウ 弁済として引き渡した物の消費又は譲渡がされた場合の弁済の効力等(第476条)
改正前の第476条は、「弁済として引き渡した物の取戻し」の規定である第47
5条と並び、制限行為能力者が弁済として物の引渡をした場合の取戻しについての規
定でしたが、弁済は法律行為ではなく取消が観念できないこと、代物弁済契約の場合
に限定され存在意義が乏しく、制限行為能力者の保護の観点からも問題として、削除
されました。
改正法第476条は、改正前の第477条の「前二条の場合において」を「前条の
場合において」と変更したうえで、そのまま移動したものです。
エ 預金又は貯金の口座に対する払込による弁済(第477条)
預貯金口座への払込による弁済について、改正前には規定がありませんでしたが、
改正法は、「債権者の預金又は貯金の口座に対する払込によってする弁済は、債権者
がその預金又は貯金に係る債権の債務者に対してその払込に係る金額の払戻しを請求
する権利を取得した時に、その効力を生ずる」との規定を新設しました。
債権者が、払込がなされた金融機関に対し、払戻請求権を取得した時に、弁済の効
力が生じることになります。
オ 受領権者としての外観を有する者に対する弁済(第478条)
改正前は、「債権の準占有者に対してした弁済は」としていましたが、「債権の準
占有者」の意味が分かりにくいこともあり、改正法は、「受領権者(債権者及び法令
の規定又は当事者の意思表示によって弁済を受領する権限を付与された第三者をいう)
以外の者であって取引上の社会通念に照らして受領権者としての外観を有する者に対
してした弁済は」と変更しました。ほかに改正点はありません。
カ 受領権者以外のものに対する弁済(第479条)
「前条の場合を除き、受領権者以外の者に対してした弁済は、債権者がこれによっ
て利益を受けた限度においてのみ、その効力を有する。」
改正前の「弁済を受領する権限を有しない者」を、前条で定義した「受領権者」に
置き換えたもので、その他に変更はありません。
キ 削除―「受取証書の持参人に対する弁済」(第480条)
旧法の第480条は削除されました。
旧法の第480条は、第478条の特則として、「受取証書の持参人に対する弁済」
についての規定でしたが、偽造された受取証書については第478条によるとするの
が判例・通説であり、真正な受取証書だけ別に扱う合理性がないことなどから削除さ
れました。
改正後は、受取証書についても第478条によることになります。
ク 差押えを受けた債権の第三債務者の弁済(第481条)
改正前の第481条は、「支払の差止めを受けた第三債務者の弁済」であり、第1
項でも「支払の差止めを受けた第三債務者」としていましたが、改正法は、これを「
差押えを受けた債権の第三債務者」に改めました。
改正により、趣旨が明確になり、分かりやすくなりました。
ケ 代物弁済(第482条)
改正法は、「弁済をすることができる者(以下「弁済者」という。)が、債権者と
の間で、債務者の負担した給付に代えて他の給付をすることにより債務を消滅させる
旨の契約をした場合において、その弁済者が当該他の給付をしたときは、その給付は、
弁済と同一の効力を有する」と改正しました。
改正法は、代物弁済は債務者に限定されないこと、諾成契約であること、代物の給
付をしたときに弁済と同一の効力を有することを明示しました。
コ 特定物の現状による引渡し(第483条)
第483条は、必要性がないとして削除も検討されましたが、不当利得による特定
物の返還等については適用されうるということもあり、「契約その他の債権の発生原
因及び取引上の社会通念に照らしてその引渡しをすべき時の品質を定めることができ
ないときは」としたうえで存置されました。
サ 弁済の場所及び時間(第484条)
改正により、第484条は「弁済の場所」から「弁済の場所及び時間」となり、第
2項として、「法令又は慣習により取引時間の定めがあるときは、その取引時間内に
限り、弁済をし、又は弁済の請求をすることができる。」との規定が新設されました。
これにより、同旨の商法第520条は削除されました。
シ 受取証書の交付請求(第486条)
改正前は、「弁済をした者は、弁済を受領した者に対して受取証の交付を請求する
ことできる。」と規定していましたが、改正法は、「弁済をする者は、弁済と引換え
に、弁済を受領する者に対して受取証書の交付を請求することができる。」として、
同時履行の関係にあることを明確にしました。
なお、債権証書の返還との関係で債務の履行が先履行であること(第487条)も
対比から明確になりました。
ス 同種の給付を目的とする数個の債務がある場合の充当(第488条)
改正法は、「合意による弁済の充当」を優先とする規定(第490条)を新設し、
旧法の第489条を改正法第488条の第4項に移動しました。
これにより、同種の給付を目的とする数個の債務の充当について、合意充当、指定
充当(488条第1項、第2項)、法定充当(第4項)の順で充当されることが明文
化されました。
セ 元本、利息及び費用を支払うべき場合の充当(第489条)
改正民法第489条は、改正前の第491条が移されています。
改正による変更として、数個の債務について、費用、利息又は元本のいずれかの全
てを消滅させるのに足りない給付をしたときは、指定充当をすることができることを
明文化しました(第2項)。
ソ 合意による弁済の充当(第490条)
改正法は、「前二条の規定にかかわらず、弁済をする者と弁済を受領する者との間
に弁済の充当の順序に関する合意があるときは、その順序に従い、その弁済を充当す
る。」との規定を新設し、合意による弁済の充当が優先することを明確にしました。
タ 数個の給付をすべき場合の充当(第491条)
改正法第491条は、「前二条の規定を準用する」としていた改正前の第490条
を「全3条の規定を準用する」と変更したうえで、そのまま移動した規定となってい
ます。
チ 弁済の提供の効果(第492条)
改正法は、「債務者は、弁済の提供の時から、債務を履行しないことによって生ず
べき責任を免れる」とし、改正前の「債務の不履行によって生ずべき一切の責任を免
れる」としていたものを変更しました。
従前、規定の文言上、弁済の提供と受領遅滞の効果が不分明であったところ、受領
遅滞についての規定を整備し、弁済の提供の効果は、解除権、遅延損害金の不発生等
債務を履行しないことによって生ずべき責任を免れるものであることを明確にしまし
た。
ツ 供託(第494条)
改正法は、受領拒絶を原因とする供託の要件として、弁済の提供を要することを明
文化しました(第1項第1号)。
また、債権者不確知を原因とする供託について、有効性を争う者が弁済者の過失の
立証責任を負うことを明記しました(第2項)。
テ 供託に適しない物当(第497条)
改正法は、自助売却金の供託についての従前の規定を第1号~第3号として整理し、
第4号を付加しました。
第2号についても「その物について滅失、損傷その他の事由による価格の低落のお
それがあるとき」として下線部を付加しました。
第4号は、「前三号に掲げる場合のほか、その物を供託することが困難な事情があ
るとき」としています。
ト 供託物の還付請求等(第498条)
改正法は、「弁済の目的物又は前条の代金が供託された場合には、債権者は、供託
物の還付を請求することができる。」との規定を第1項として新設し、改正前の(「
供託物の受領の要件」なる表題の)規定を第2項に移しました。
ナ 弁済による代位の要件(第499条)
改正法は、「債権者のために弁済をした者は、債権者に代位する。」と規定し、任
意代理につき要件であった債権者の承諾を不要としたうえで、任意代理と法定代理の
規定を統合しました。
ニ 第500条
改正法第500条は、「第467条(債権の譲渡の対抗要件)の規定は、前条の場
合(弁済をするについて正当な利益を有する者が債権者に代位する場合を除く。)に
ついて準用する。」と規定しました。
すなわち、任意代位を対抗するためには、元の債権者による債務書への通知か、債
務者の承諾が要件となります。
債務者以外の第三者に対抗するためには、通知、承諾が確定日付による必要があり
ます。
ヌ 弁済による代位の効果(第501条)
改正法は、保証人が代位する場合に、代位の付記登記を要するとしていた改正前の
第501条1号の規定を削除しました。また、共同保証人間においても代位が可能で
あることを明記し(第2項)、第三取得者は、保証人のみならず物上保証人に対して
も代位しないとし(第3項第1号)、第三取得者から担保目的物を譲り受けた者につ
いての規定を設けました(第3項第5号)
ネ 一部弁済による代位(第502条)
改正法は、一部弁済による代位について、旧法第1項の文言に「債権者の同意を得
て」と付加し(第1項)、「前項の場合であっても、債権者は、単独でその権利を行
使することができる。」(第2項)、「前二項の場合に債権者が行使する権利は、そ
の債権の担保の目的となっている財産の売却代金その他の当該権利の行使によって得
られる金銭について、代位者が行使する権利に優先する。」(第3項)との規定を新
設し、債権者の権利が優先することを明確化しました。
なお、旧法の第2項は、改正法の第4項に移動しています。
ノ 債権者による担保の喪失等(第504条)
改正法の第1項前段は、旧法の第1項と文言は違っても同内容となっていますが、
後段として、判例法理を明文化し、「その代位権者が物上保証人である場合において、
その代位権者から担保の目的物となっている財産を譲り受けた第三者及びその特定承
継人についても同様とする。」と付加しました。
また、第2項を新設し、「前項の規定は、債権者が担保を喪失し、又は減少させた
ことについて取引上の社会通念に照らして合理的な理由があると認められるときは、
適用しない。」としました。
取引上合理的である担保の差替えや一部解除についても免責の効力が生じてしまい
かねず円滑な取引が阻害されるとの批判に対処したものです。