遺言は、広義では、死後のために残す言葉であり、古来、尊重されるべき故人の遺志とされてき
ました。そして、近代は、個人主義のもと、財産処分の自由、遺言の自由が尊重され、法は、一定
の条件のもとに遺言に法的保護を与えています。
1 法律上の遺言
⑴ 法的性質
法律上の遺言は、要式の、相手方のない単独行為であり、死後行為です。
したがって、方式に従わない遺言は無効であり(960条)、何人の同意・承諾を要せ
ず、代理も認められません。また、遺言者の死亡前は、遺言の効力は生じず、何らの権
利・義務も発生しません。
⑵ 遺言能力
遺言は、満15歳に達していればすることができます(961条)。
遺言は、取引行為ではなく、死後に効果の生じるものであり、また遺言制度は遺言者の
遺志の実現をできる限り図る制度であることから、通常の行為能力までは必要とせず、遺
言行為の性質を判断できる意思能力があれば足りるものとしました。
5条(未成年者の法律行為)、9条(成年被後見人の法律行為)、13条(補佐人の同
意を要する行為等)、17条(補助人の同意を要する旨の審判等)の規定は適用されませ
ん(962条)。
遺言能力は、遺言をする時に有していなければなりませんが(963条)、遺言が有効
に成立した後に遺言能力を失っても効力に影響しません。
⑶ 遺言事項
遺言により定めることができる事項は法律に規定されたものに限られ、それ以外の事項
は、法的効果をともなうことはなく、事実上の意味を有するに過ぎません。
遺言事項として、次のものがあります。
認知(781条)、後見人の指定(839条)、後見監督人の指定(848条)、相続
人の廃除・その取消(893条、894条)、相続分の指定(902条)、持戻しの免除(9
03条)、遺産分割の指定、遺産分割の禁止(908条)、担保責任の定め(914条)、遺
贈(964条)、遺言執行者の指定(1006条)、遺贈の減殺方法の指定(1034条)、
信託の設定(信託法2条)
なお、祭祀主催者の指定(897条)、生命保険金受取人の変更(保険法44条)を含
める立場もあります。
2 遺言の方式
遺言は、民法に定める方式に従わなければなりません(960条)。遺言者の死後に効力を
生じるため、遺言の存在と内容を明確にし、遺言者の真意を確保する必要があるからです。
⑴ 遺言の方式の種類
遺言の方式は、普通方式と特別方式に分れます。普通方式には、「自筆証書遺言」、「公
正証書遺言」、「秘密証書遺言」の3種類があり(967条)、特別方式には、危急時遺言と
して「死亡危急者の遺言」(976条)、「船舶遭難者の遺言」(979条)、隔絶地遺言
として「伝染病隔離者の遺言」(977条)、「在船者の遺言」(978条)の4種類があ
ります。
なお、特別方式遺言については、遺言者が普通の方式によって遺言をすることができるよ
うになった時から6か月間生存するときは失効します(983条)。
⑵ 普通方式の遺言
ア 自筆証書遺言(改正法が2019年1月13日から施行されました)
自筆証書遺言は、遺言者が、全文、日付、氏名を自書し、押印しなければなりません
(968条1項)。ただし、自筆証書に一体のものとして、相続財産の全部又は一部の
目録を添付する場合は、その目録については自書することを要しませんが、目録の葉毎
に(自書によらない記載が両面にある場合は両面に)署名押印が必要です(改正後の9
68条2項)。(改正前は、自書につき、自書能力のある者の自書が要件であり、タイ
プ、ワープロ等によるものは無効です)
加除等の変更は、遺言者がその場所を指示し、これを変更した旨を付記して署名し、
その変更の場所に印を押さなければなりません(同3項)。
日付については、遺言書作成の年月日まで確定できる程度の表示が必要とされ、「○
月吉日」は特定の日を表示せず無効とされています。
氏名については、遺言者の同一性が明らかになることが必要ですが、通称、雅号でも
よいと解されています。遺言書の他の記載と照らして遺言者を確定できればよいとする
裁判例もありますが、戸籍上の氏名の使用が無難です。
印鑑は、三文判や拇印でもよいとされています。
自筆証書遺言は、自分で手軽に作成できる、費用がかからない、存在と内容を秘密に
できるといったメリットがありますが、他方、家庭裁判所の検認手続(1004条)が
必要であること、方式を欠くと無効になること、発見されなかったり、破棄される危険
性があるといったデメリットがあります。
イ 公正証書遺言
公正証書遺言は、①証人二人以上の立会のもと、②遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授
し、③公証人が遺言者の口授を筆記し、これを遺言者と証人に読み聞かせ、④遺言者及び
証人が筆記の正確なことを承認して署名押印し、⑤公証人がその証書は方式に従って作っ
たものである旨を付記し、署名押印することにより作成されます(969条)。
公正証書遺言で厳格な手続が必要とされているのは、遺言者の自由な遺言を確保し、遺
言の存在と内容を明確にするということにあります。
公正証書遺言は、家庭裁判所のけ検印手続を要しないこと、滅失や偽造・変造の危険性
がないといったメリットがありますが、費用がかかること、手続が厳格・煩雑であること、
遺言の存在や内容が明らかになってしまうというデメリットがあります。
ウ 秘密証書遺言
秘密証書遺言は、①遺言者がその作成した遺言証書に署名押印し、②遺言者がその証書
を封じて、証書に用いた印章で封印し、③公証人1人及び証人2人以上の前に封書を提出
し、自己の遺言書である旨とその筆者の氏名及び住所を申述し、④公証人が証書提出の日
付と遺言者の申述を封紙に記載した後、遺言者及び証人がこれに署名押印することによっ
て作成されます(970条)。
秘密証書遺言としては要件を欠いても、自筆証書遺言の要件を満たしていれば、自筆証
書遺言として有効となります(971条)。
遺言書の存在は明確にしつつ、その内容を秘密にしておきたいときなどに利用されます。
遺言書は、自書に限らず、ワープロを用いてもよく、代筆でもよいので、自己の氏名を書
くことができれば作成することができます。
偽造・変造のおそれもありませんが、家庭裁判所の検認手続が必要であり、公証人を利
用することによる費用もかかります。
⑶ 特別方式の遺言
ア 危急時遺言
ⅰ 死亡危急者の遺言
疾病等によって死亡の危急に迫った者の臨終遺言であり、証人3人以上の立会をもっ
てその1人に遺言の趣旨を口授し、口授を受けた者が筆記して遺言者及び証人に読み聞
かせ、又は閲覧させ、各証人がその筆記の正確なことを承認して署名押印することによ
って作成します(976条1項)。
この遺言は、遺言の日から20日以内に証人の1人又は利害関係人から家庭裁判所に
請求して確認を得なければなりません(同条4項)。
証人は、「筆記の正確なことを承認して署名押印する」ことができる者でなければな
らず、遺言書作成中ずっと立会っていなければなりません。
証人は自ら署名しなければなりませんが、印は、拇印でもよく、他人が代わって押印
してもよいとされています。
ⅱ 船舶遭難者の遺言
船舶が遭難した場合に、在船して死亡の危急に迫った者は、証人2人以上の立会をも
って口頭で述べることによって遺言することができますが、証人はその趣旨を筆記して
これに署名押印し、証人の1人又は利害関係人から遅滞なく家庭裁判所に請求して確認
を得なければなりません(979条)。
署名押印ができない者があるときは、立会人又は証人はその事由を付記しなければな
りませんが981条)、署名押印できない者も証人となることができます(事由を付記)。
この遺言では、筆記が遺言者の面前で行われること、遺言者と証人への読み聞かせは
要件とされていません。
イ 隔絶地遺言
ⅰ 伝染病隔離者の遺言
伝染病のため行政処分によって交通を断たれた場所にある者は、警察官1人及び証人
1人以上の立会をもって遺言書を作成することができます(977条)。
遺言者、筆者、立会人、証人は、遺言書に署名押印しなければなりません(980条)。
署名押印ができない者があるときは、立会人又は証人はその事由を付記しなければな
りません(981条)。
危急時でないことから口頭遺言は認められませんが、遺言者の自筆は要件ではなく、
代筆も可能です。
署名押印できない者も証人となることができます(事由を付記)。
ⅱ 在船者の遺言
船舶中にある者は、船長又は事務員1人及び証人2人以上の立会をもって遺言書を作
成することができます(978条)。
船舶は、反対説があるものの、航海の用に供するものに限られると解され、停泊中か
航海中かは問わず、在船者についても、乗組員、旅客を問わないとされています。
遺言者、筆者、立会人、証人は、遺言書に署名押印しなければなりません(980条)。
署名押印ができない者があるときは、立会人又は証人はその事由を付記しなければな
りません(981条)。
危急時でないことから口頭遺言は認められませんが、遺言者の自筆は要件ではなく、
代筆も可能です。
署名押印できない者も証人となることができます(事由を付記)。
3 遺言の効力
⑴ 一般的効力
遺言は、遺言書の作成時に成立しますが、その効力は、遺言者が死亡した時に生じます(9
85条)。
⑵ 遺贈
ア 特定遺贈
遺贈は、遺言により人に財産を無償で譲ることをいい、特定遺贈は、遺産中の特定の財
産を指定する遺贈です。
受遺者は、遺言者の死亡後いつでも遺贈を放棄することができ、放棄の効力は遺言者の
死亡時に遡ります(986条)。放棄の相手方は、遺贈義務者(原則として相続人)であ
り、方式に制限はありません。
遺贈義務者その他の利害関係人は、相当の期間を定めて、遺贈の承認または放棄すべき
旨を受贈者に催告することができ、受遺者がその期間内に遺贈義務者に対して意思表示を
しないときは遺贈を承認したものとみなします(987条)。
受遺者が遺贈の承認または放棄をせずに死亡したときは、その相続人は、自己の相続権
の範囲内で承認または放棄をすることができます(988条)。
イ 包括遺贈
包括遺贈は、遺産の全部あるいは何分の一といった抽象的な割合で示した遺贈をいいま
すが、相続人と同一の権利義務を有します(990条)。
したがって、相続の承認・放棄、相続分取戻し、遺産分割などの規定が適用されます。
しかし、他方で、遺贈であることから、無効遺贈目的物の帰属(995条)、負担付遺
贈(1002条、1003条)の規定が適用され、代襲相続や遺留分に関する規定は適用
されません。
ウ 負担付遺贈
負担付遺贈は、受遺者に一定の負担を課した遺贈であり、遺贈の目的の価額を超えない
限度で負担した義務を履行する責任を負い、受遺者が遺贈を放棄したときは、負担の利益
を受けるべき者が受遺者となります(1002条)。
受遺者がその負担した義務を履行しないときは、相続人は、相当の期間を定めてその履
行を催告し、その期間内に履行がないときは、遺言の取消を家庭裁判所に請求することが
できます(1027条) 。