平成6年に施行された製造物責任法(PL法)は、その目的を、被害者の保護を図り、もって国民
生活の安定性と国民経済の健全な発展に寄与することとし(同法1条)、製造業者等の過失の有無
を問わず、製造物の欠陥による損害を賠償すべきものとして、不法行為責任の原則である過失責任
に加え、新たな責任原因を設けました。
製造物責任は、不法行為責任の要件のうち、「過失」を「欠陥」に修正しましたが、損害賠償に
ついての他の要件は不法行為と同様です。
現在、化粧品白斑被害訴訟が全国の各地裁に係属しており、その結果が注目されるところとなっ
ています。
⑴ 製造物
製造物とは、製造又は加工された動産をいい(製造物責任法2条1項)、製造ないし加工さ
れていない動産と不動産は除外されています。
ここに製造は、部品や原材料から新たな物品を作ること、加工は、その物品の本質は保持し
つつ新しい属性、性質を付加して価値を加えることをいいます。
・ 部品・原材料は、それ自体は対象となりませんが、最終製品に欠陥があり、それが部品・
原材料の欠陥に起因する場合は、製造物責任の対象となります。
・ 農林畜水産物・自然産物は基本的には製造物に該当しませんが、加工か未加工かは社会通
念に従って判断されるところ、一般的には、加熱、味付け、粉挽きなどは加工であり、切
断、冷凍、乾燥は加工に当らないとされています。
東京地裁平成14年12月13日判決は、イシガキダイの料理で食中毒に罹患した事案
において、イシガキダイの調理は加工に該当するとしました。
・ 医薬品や血液製剤も製造物に該当します。
・ ガスや蒸気等の有形エネルギーで、加圧や他物質の添加等がなされたものは製造物といえ
ますが、電気・磁気その他の無形エネルギーは適用対象となりません。
・ 情報やソフトウエアそれ自体は製造物には該当しません。しかし、ハードに組み込まれ一
つの製品となった場合は、全体として製造物と解されます。
⑵ 欠陥
欠陥とは、「当該製造物が通常有すべき安全性を欠いていること」をいい、欠陥を判断する
に当たっての考慮事情として、「当該製造物の特性」、「その通常予見される使用形態」、
「その製造業者等が当該製造物を引き渡した時期」、「その他の当該製造物に係る事情」が挙
げられています(同条2項)。
また、①設計上の欠陥、②製造上の欠陥、③指示・警告上の欠陥の3類型に分類されて考え
られています。
⑶ 製造業者等
製造業者等とは、①業として製造、加工又は輸入した者(製造業者)、②自ら製造業者とし
て当該製造物に氏名、商号等の表示をした者又は製造業者と誤認させるような氏名等の表示を
した者(表示製造業者)、③当該製造物に実質的な製造業者と認めることができる氏名等の表
示をした者(実質的製造業者)をいいます(同条3項)。
よって、単なる販売業者や、運送・倉庫業者、賃貸・リース業者等は、製造業者等には該当
しません。
また、製造者不明の場合の販売業者らの責任についての規定は設けられていません。
⑷ 損害について
法文上「他人の生命、身体又は財産を侵害したとき」とされていますが、損害賠償責任の範
囲を限定する趣旨を含むものではなく、民法709条にいう「他人の権利の侵害」と同様と解
されています。
なお、損害が当該製造物のみに生じたときは、本法の対象とならず(3条但し書き)、被害
者としては、売主に契約責任を問うか、製造業者に不法行為責任を追及することにならざるを
得ません。
損害賠償の範囲については、規定されず、民法によることとなり(6条)、欠陥と相当因果
関係の範囲にある損害ということになります。
⑸ 免責事由
免責事由として、開発危険の抗弁と部品製造業者の設計指示の抗弁が規定されていますが(4
条)、これらの証明責任は、製造業者等が負うことになります。
・開発危険の抗弁
製造業者等は、当該製造物を引き渡した時における科学又は技術に関する知見によっては、
当該製造物にその欠陥があることを認識することができなかったことを証明することによっ
て免責される(4条1号)。
ここに、「科学又は技術に関する知見」は、業界の平均的な水準をいうのではなく、入手可
能な最高水準の知識と解されています。
近時、医薬品等の社会的有用性の高い製品に限って適用されるべきであるとの議論がなされ
ています。
・部品製造業者の設計指示の抗弁
部品製造業者等は、当該製造物が他の製造物の部品又は原材料として使用された場合に、そ
の欠陥が専ら当該他の製造物の製造業者が行った設計に関する指示に従ったことにより生じ、
かつ、その欠陥が生じたことに過失がないことを立証したときも免責される(同2号)
⑹ 立証責任等
欠陥の存在、欠陥と損害との間の因果関係については、被害者側に証明責任があり、その点
は立証責任の転換がなされていません。したがって、過失責任を問う場合とそれほど被害者の
負担は変わらないのではないかといわれており、従前の裁判例のように事実上の推定が活用さ
れるべきでしょう。
他方、開発危険の抗弁については、既存の文献を調査すれば判明するような事項について開
発危険の抗弁が認められる余地はないとされ(東京地裁平成14年12月13日判決)、部品
製造業者の設計指示の抗弁についても、過失がないことの立証も負わされており、認められる
例は極めて少ないのではないかと考えられています。
⑺ 免責特約、責任制限特約について
製造業者等が、取扱説明書等で免責特約を記載していても、エンドユーザーを拘束するもの
ではないと立法時に衆議院の商工委員会で説明がなされています。
また、当事者間の効力に関しても、公序良俗違反(民法90条)違反と解される場合が多い
であろうと考えられています。
⑻ 消費者裁判手続特例法の適用の有無
日本版クラスアクション制度といわれる「消費者の財産的被害の集団的な回復のための民事
の裁判手続の特例に関する法律(消費者裁判手続特例法)」が平成28年10月1日に施行さ
れましたが、同法の対象は、消費者契約に関し、事業者に対して一定の金銭の支払い請求権が
生じる事案であり(3条1項)、人の生命または身体を害されたことによる損害(人身損害)
や精神的な苦痛を受けたことによる損害(慰謝料)は除かれており、残念ながら、製造物責任
法はその対象とされていません。
製造物責任に関する集団的な被害救済制度の創設は将来に待つほかありません。
⑼ 期間の制限(第5条)
製造物責任に基づく損害賠償請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び賠償義務者を
知った時から3年で消滅時効にかかります。
製造業者等が当該製造物を引き渡した時から10年を経過したときも同様です。
そして、同条2項は、「身体に蓄積した場合に人の健康を害することとなる物質による損害
又は一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる損害については、その損害が生じた時から起
算する」しています。
民法の改正に併せて製造物責任法も一部改正され、令和2年4月1日から施行されます。
改正後は、新たな5条2項として、「人の生命又は身体を侵害した場合における損害賠償の
請求権の消滅時効については5年間とする」旨の民法と同様の規定を置きました。
なお、改正前の2項は、3項に移り、1項とともに文言・形式は変わりましたが、内容につ
いての変更はありません。
※ 時効障害事由
なお、改正法は、これまで時効の「中断」、「停止」としてきた時効障害を、それぞれ「
更新」、「完成猶予」として、その効果を解りやすく表現・整理し、再構成しています。
また、時効の「完成猶予」として、新たに「協議による事項完成猶予」を設けています。
「完成猶予」は、権利者が権利の上に眠らずに権利行使をしたとみられる場合をいい、
「更新」は、確かに権利が存在すると認められる場合をいいます。