4 弁護士の選び方


 重要あるいは複雑な問題の解決は弁護士に委ねるのが順当というべきですが、大切な権利や財産
の帰趨を託し、プライバシーを明かすことにもなりますので、慎重に、かつ、賢く弁護士を選ぶべ
きところ、残念ながら、これという決定的な方法があるわけではありません。


  
  ⑴ 基本的な観点

    完全な人間がいないように、あらゆる問題に通暁している完璧な弁護士はいませんが、弁護
   士は、難関とされる司法試験に合格し、司法修習を終えたうえで、更に法律事務に精通し、研
   鑽を積むべきものとされており、ごく一般的な法律問題は勿論のこと、どの分野についても一
   応の対処はなし得るといえるでしょう。そうした意味で、弁護士は、法律の専門家とされてい
   ます。
    その前提で、弁護士を選ぶについては、知りえた情報に基づき、重視すべき要素を勘案した
   うえで、信頼関係を築き、維持できるかという観点から、感覚的に選ぶということになるので
   はないでしょうか。
    そして、そのような感覚や相性による判断もあながち間違いではないといえるでしょう。
  

  ⑵ 信頼関係

    依頼者は、信頼できる弁護士を選任することが賢明ですが、弁護士にとっても、依頼者との
   信頼関係は大変重要であり、信頼関係が危惧されるときには、受任しない(あるいは辞任する)
   ということも生じます。
    この点に関し、「弁護士は、正当な理由がなければ、法令により官公署の委嘱した事項及び
   会則の定めるところにより所属弁護士会又は日本弁護士連合会の指定した事項を行うことを辞
   することができない」(弁護士法24条)、「弁護士は、事件の受任及び処理に当たり、自由
   かつ独立の立場を保持するように努める」(弁護士職務基本規定20条)と規定されています。
    前者は、弁護士の職務の公共的性格を示す一方、一般の受任義務を定めておらず、後者は、
   事件を受任するか否かは原則として自由であって、弁護士は受任義務を負わないとするもので
   す。
    すなわち、依頼者と弁護士との間には高度の信頼関係が必要であり、信頼関係を築けない虞
   があると判断されるときには、受任を断ることができるとされているのです。
    これは、官公署への申請等の定型的な業務を担う司法書士、行政書士が、原則として受任義
   務を負うとされ、信頼関係を前提としていないことと大きく異なるところです。
    紛争形態は種々雑多であり、最終的な紛争解決手段である訴訟についてみれば、長期間にわ
   たり多数の行為が積み重なり、法律状態が変動しながら解決に至るという複雑な過程をたどる
   ことになりますが、そこでは、依頼者が、弁護士が最善を尽くすであろうことをその能力や人
   格を含めて信頼し、弁護士も、依頼者が真実を語り、専門家としての判断を尊重してくれると
   信頼するという、相互の「信頼関係」があってこそ、紛争を適正に解決することが可能になり
   ます。
    また、弁護士は、依頼者との間に信頼関係が失われ、かつ、その回復が困難なときは、その
   旨を説明し、辞任その他の事案に応じた適切な措置を取らなければならない(職務基本規定
   43条)とされています。
    このように、「信頼関係」は、依頼者のみならず弁護士にとっても極めて重要な要素であり、
   依頼者と弁護士の関係は、信頼関係に始まり、信頼関係に終わるといえるでしょう。
   
 
  ⑶ 依頼者からみる信頼関係

    依頼者としては、弁護士について、その専門知識、経験、応接態度、人柄、事務処理の仕方
   等々といったものの総体をみて、信頼に足るか否か、事件を委任してよいかを判断するという
   ことになろうと思います。
    そして、客観的に判断のしやすい事務処理についてみれば、相談時には、質問に対する的確
   な回答や手続、見通しについての説明がなされたか、契約に際しては、契約書の作成、費用に
   ついて十分な説明がなされたか、事務処理に際しては、適宜の報告があるか、依頼者の意向を
   確認、尊重してもらえるかといったようなことから、信頼関係を築けるか、維持できるかにつ
   いて判断することになるでしょう。
    委任後についても、疑問があれば報告、説明を求め、それでも納得がいかず信頼関係が維持
   できないとなれば、解任という事態も考えることになるでしょう。


  ⑷ 選任に当っての考慮要素

    弁護士を選任に当っては、次のようなことを考慮するのがよいでしょう。

    ア 原則―地元の弁護士
  
      信頼関係を築けるかを判断するには、弁護士本人と実際に面談し、事務所の状況や雰囲
     気を知ることが第一ですし、委任後の便宜を考えれば、選任すべきは、地元の弁護士、法
     律事務所というのが原則となります。
      紛争解決には相手方と交渉を積み重ねることになりますが、すべてを弁護士に任せっぱ
     なしにすることはできず、適宜、対応についての協議が必要となるのが通常であり、その
     場合に書面や電話等による協議も可能とはいえ、面談による協議に勝るものはありません。
      地元であれば、必要に応じて十分な面談での協議ができますし、資料や図面を見ながら
     の説明、協議が可能となります。そして、時間や交通費等で大きな負担となることもあり
     ません。
      ただし、遠隔地での調停や訴訟となる場合などは、打合せ・協議の便宜を優先するか、
     費用(交通費・日当等)の軽減を重視すべきかの問題が生じ、熟慮が必要となります。
      しかし、その場合も、信頼すべき弁護士がいればその弁護士に、いない場合も、まずは
     近隣の弁護士に相談してみることになるでしょう。短期間で解決するようであれば信頼を
     寄せる弁護士に依頼するのがよいでしょうし、長期となる場合も費用について配慮しても
     らえることもあるでしょう。また、管轄地の弁護士を紹介してもらえることもあるでしょ
     う。

    イ 十分な面談時間と話しやすさ
  
      相談内容の説明だけでなく弁護士と信頼関係を結べるかを判断するためにも、十分な面
     談時間が必要ですし、話しやすくなければ、伝えたいことも十分には伝えられません。
      「汝は事実を語れ、我は法を語らん」という法諺がありますが、「あなた(紛争当事者)
     は事実を語りなさい、私(裁判官)はその事実に法律を適用して判断しましょう」という
     意味であり、事実の重要性を示しています。
      そして、訴訟の対象は権利関係の存否であるところ、権利は直接認識できず、権利が発
     生したか、消滅したかによって確認されますが、権利の発生、消滅は、それを規定する法
     規の要件に該当する事実の存否によって判断することが可能となります。
      そのように、当事者にとって、事実(法律的に意味のある事実)こそが大事ということ
     になりますが、事実を知るのは依頼者であって、弁護士ではありませんから、依頼者が事
     実を過不足なく述べることができなければなりません。
      勿論、弁護士が、適切に質問し、誘導して、紛争の解決にとって必要な事実を聞き出す
     ことになりますが、それを十全に行うには、十分な時間と話しやすさが必要となるでしょ
     う。

    ウ 手続や見通しについての的確な説明

      相談を受けた弁護士は、紛争解決の手続や見通しについて説明することになりますが、
     それが的確(依頼者が理解し納得できるもの)でなければならず、的確であれば、それな
     りの知識や経験も推測されることになります。
      その際は、有利な点ばかりではなく、依頼者にとって不利な点についても、きちんと説
     明がなされなければなりません。
      とり得る手段についても説明し、選択肢があれば示し、まずは依頼者の意向を尋ね、そ
     のうえで弁護士の意見を述べるというのが順当なところでしょうか。
      なお、弁護士は、事件について、依頼者に有利な結果となることを請け合い、又は保証
     してはならない(職務規定29条第2項)とされています。

    エ その他

      ① 若手か経験を積んだ弁護士か

       経験豊富な弁護士には安定した事務処理を期待することができますが、固定観念に陥
      りがちなところ、若手弁護士には、熱意や体力があり、フットワークもよいといった長
      所があり、事案にもよるということになるでしょう。

      ② 事務所の大きさ等

       事務所の状況や雰囲気は考慮すべきですが、大きさや豪華さはあまり気にする必要は
      ないでしょう。経験を有する優秀な弁護士が、小さな、きれいでもない事務所を設けて
      いることもありますし(それでも顧客が多い)、独立したての弁護士が、広く豪華な事務
      所を構えている(そうでないと信用されにくい)こともあります。

      ③ 事務所所属弁護士の人数

       事件を実質的に担当するのは一人か精々二人ということになりますので、所属弁護士
      の人数に拘る必要はありません。担当する弁護士と信頼関係を結べるかどうかが問題で
      す。

      ④ 広告、宣伝

       平成12年から、弁護士の業務公告が原則自由化されていますが、「品位を損なう広
      告又は宣伝をしてはならない」(職務基本規定9条第2項)とされています。
       そうした歴史や経緯もあって、ホームページを設けるのは別として、広告、宣伝をよ
      しとしない弁護士もいまだに多いのです。勿論、信頼関係を結べるかどうかとは全く関
      係しません。
       むしろ、過大、過剰な広告には注意が必要でしょう。遺憾ながら、日弁連の広告規定
      を熟知していないと思われる広告もみられるところです。


  ⑸  参考
 
    ア 弁護士が事件を受任しない場合について

      ① 職務を行えない事件

       そもそも職務を行えない場合があります
       利益相反する事件について職務を行ってはならない(法25条、職27条、28条)
      とされていますが、その趣旨は、①当事者の利益保護、②職務執行の公正の確保、③弁
      護士の品位と信用の確保にあります。
       例としては、相手方の協議を受けて賛助し、又はその依頼を承諾した事件、公務員と
      して職務上取り扱った事件、受任している他の事件の依頼者又は継続的な法律事務の提
      供を約している者を相手方とする事件、依頼者の利益と他の依頼者の利益が相反する事
      件等々が挙げられます。

      ② 依頼の目的又は事件処理の方法が明らかに不当な事件(職31条)は受任できませ
       んが、これは、当然というべきものです。

      ③ また、費用対効果の問題がある場合、勝訴の見込みがない場合、信頼関係が築けな
       い場合には受任しないのが通常といえます。
   
    イ 事務所の名称、広告について

      ➀ 弁護士がその法律事務所に名称を付するときは、事務所名中に「法律事務所」の文
       字を用いなければならず(法律事務所等の名称等に関する規定3条第1項)、複数の
       事務所名を付することは禁止されており、登録事務所の名称と別に取扱い分野の表示
       として 「・・センター」、「・・相談所」等の表示を用い、「・・研究所・・法律
       事務所」とすることなどは、複数名称に該当するものとされています。
        当然ながら、複数名称の禁止等に違反する広告も禁止されます。

      ② 専門分野」、「専門家」の表示は、専門分野と認める基準を見出すことが困難であ
       り、客観性を担保できないことから、表示を控えるのが望ましいとされています。専
       門家を意味する「スペシャリスト、プロ、エキスパート」等の表示についても同様で
       す。
        なお、「得意分野」という表示は、主観的な評価に過ぎないことが明らかであり規
       定に違反しないとされます。(弁護士の業務広告に関する規定3条2号及び3号、弁
       護士及び弁護士法人並びに外国特別会員の業務広告に関する指針)




 

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