11 契約
⑺ 賃貸借
ア 賃貸借(第601条)
改正法は、「賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせる
ことを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及び引渡しを受けた物を
契約が終了したときに返還することを約することによって、その効果を生ずる。」
として、下線部を付加しました。
目的物返還債務は賃貸借の基本的な債務ですが、こうした基本的なことも明文で
規定すべきとする改正法の趣旨にのっとったものです。
イ 短期賃貸借(第602条)
改正法は、「処分の権限を有しない者が賃貸をする場合には、次の各号に掲げる
賃貸借は、それぞれ当該各号に定める期間を超えることができない。契約でこれよ
り長い期間を定めたときであっても、その期間は、当該各号に定める期間とする。」
と規定し、改正前の条文から「処分につき行為能力の制限を受けた者又は」との文
言を削除し、第2文を追加しました。
削除は、一律に短期賃貸借が可能との誤解を招きかねないし、各制度において規
定されていることから不要とされ、追加部分については、一部無効とする従前から
の解釈を明文化したものです。
ウ 賃貸借の存続期間(第604条)
改正法は、賃貸借の存続期間を改正前の20年から50年に伸長しました。
長期間の賃貸借では対象物の改良が不十分となるなど社会経済上の不利益が生じる
と考えられ、不動産の長期利用は地上権や永小作権が想定されていましたが、それ
らが利用されることはなく、特別法の借地借家法や農地法において長期間の存続期
間を認め、賃借人を保護してきました。
現代では、特別法の適用がない賃貸借にも20年を超える存続期間の社会的ニー
ズが生じていることから、存続期間を伸長し、永小作権と同じく50年を上限とし
たものです。
エ 不動産賃貸借の対抗力(第605条)
改正法は、「不動産の賃貸借は、これを登記したときは、その不動産について物
権を取得した者その他の第三者に対抗することができる。」として、「その後」を
削除し、下線部を付加し、「その効力を生ずる」との文言を「対抗することができ
る」と改めました。
それぞれ、登記前に現れた第三との優劣も対抗要件具備の先後により決まること、
二重に賃借した者、不動産を差し押さえた者等を含むことを明確にし、対抗問題で
あることを明確にして、地位の移転の問題と区別しています。
オ 不動産の賃貸人たる地位の移転(第605条の2)
対抗要件を備える賃貸借については、その不動産が譲渡されたときは賃貸人の地
位は譲受人に移転するとの判例法理が明文化されました(第1項)。
新旧所有者間に、賃貸人たる地位を留保する旨の合意と賃貸借契約の締結がなさ
れたときは賃貸人たる地位が留保され、当該賃貸借が終了したときに留保された賃
貸人たる地位が譲受人又はその承継人に移転します(第2項)。
賃貸人たる地位の移転は、当該不動産についての所有権移転登記をしなければ賃
借人に対抗できないとの判例法理が明文化されました(第3項)。
費用返還債務、敷金返還債務は、譲受人又はその承継人が承継するとの判例法理
が明文化されました(第4項)。
カ 合意による不動産の賃貸人たる地位の移転(第605条の3)
「不動産の譲渡人が賃貸人であるときは、その賃貸人たる地位は、賃借人の承諾
を要しないで、譲渡人と譲受人との合意により、譲受人に移転させることができる。
この場合においては、前条第3項及び第4項の規定を準用する。」との規定が新設
されました。
前段は、「賃借権の対抗要件を備えた」といえない場合について判例法理を明文
化したものです。目的物を利用させる債務は属人性がないとの理由によります。
キ 不動産の賃借人による妨害の停止の請求等(第605条の4)
改正法は、判例法理を明文化し、対抗要件を具備した不動産の賃借人は、賃借権
に基づいて、妨害排除請求権(第1号)、返還請求権(第2号)を行使することが
できるとする規定を新設しました。
ク 賃貸人による修繕等(第606条)
賃貸人は修繕義務を負いますが、改正法は、第1項に「ただし、賃借人の責めに
帰すべき事由によってその修繕が必要となったときは、この限りでない。」とのた
だし書を新設しました。賃借人に帰責事由がある場合にも賃貸人は修繕義務を負う
かについて争いがありましたが、これにより解決されました。
ケ 賃借人による修繕(第607条の2)
「賃借物の修繕が必要である場合において、次に掲げるときは、賃借人は、その
修繕をすることができる。
1 賃借人が賃貸人に修繕が必要である旨を通知し、又は賃貸人がその旨を知った
にもかかわらず、賃貸人が相当の期間内に必要な修繕をしないとき。
2 急迫の事情があるとき。」とする条項が新設されました。
従前も、一定の場合には賃借人も修繕をする権限を有すると解されていましたが、
これを明文化しました。
コ 減収による賃料の減額請求(第609条)
改正前は、収益を目的とする土地の賃貸借は、宅地の賃貸借を除き、不可抗力に
よって賃料より少ない収益を得た場合に賃料の減額請求を認めていましたが、改正
法は、これを「耕作又は牧畜を目的とする土地」の賃貸借に限定しました。
サ 賃借物の一部滅失等による賃料の減額等(第611条)
改正前の第611条の標題は「賃借物の一部滅失による賃料の減額請求等」とさ
れ、その第1項では、「一部滅失」に限り賃料の減額請求ができるものとしていま
したが、改正法は、「賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をする
ことができなくなった場合」と広げ、また請求をすることなしに「当然に減額する」
ものと規定しました。
改正前の第2項は、賃借人の過失により賃借物の一部が滅失した場合に賃借人の
契約解除を認めていませんでしたが、改正法の第2項は、帰責事由のある賃借人も
契約解除をすることが可能としました。これは、賃借した目的が達せられなければ、
契約を存続させる合理性がないとの理解に基づくものです。
シ 転貸の効果(第613条)
改正前の第1項は、適正な転貸について「転借人は、賃貸人に対して直接に義務
を負う。」と規定していましたが、明確とは言い難かったところ、改正法は「賃貸
人と賃借人との間の賃貸借に基づく賃借人の債務の範囲を限度として、賃貸人に対
して転貸借に基づく債務を直接履行する義務を負う。」として明確化しました。
また、第3項を新設し、適法な転貸借につき、原賃貸借が合意解除された場合に
転借人に対抗できず、賃借人の債務不履行により解除された場合は転借人に対抗で
きるとする判例法理を明文化しました。
ス 賃借人による使用及び収益(第616条)
改正法は、「第594条第1項(借主による使用及び収益)の規定は、賃貸借に
ついて準用する。」とし、改正前が準用していた第597条第1項(借用物の返還
時期)及び第598条(借主による収去)を削除しました。なお、それらは、改正
法の第622条で準用されています。
セ 賃借物の全部滅失等による賃貸借の終了(第616条の2)
「賃借物の全部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくな
った場合には、賃貸借は、これによって終了する。」との規定が新設されました。
それまで賃借物の全部滅失の場合についての規定がありませんでしたが、判例法
理を明文化しました。
ソ 賃貸借の更新の推定等(第619条)
改正法では、第2項のただし書きを「ただし、第622条の2第1項に規定する
敷金については、この限りではない。」として、下線部を付加しました。
改正法第622条の2は、定義を含めた敷金についての規定です。
タ 賃貸借の解除の効力(第620条)
改正前は「当事者の一方に過失があったときは、その者に対する損害賠償の請求
を妨げない。」と規定されていたのを、改正法は「損害賠償の請求を妨げない。」
と改正しました。
これは、立証責任等につき誤解を招きかねないことから不要部分が削除されたも
のです。賃貸借契約の解除には遡及効がないこと、解除がなされても損害賠償請求
ができるという内容そのものについては変更はありません。
チ 賃借人の原状回復義務(第621条)
改正前は、原状回復義務について、その内容・程度等に触れることなく簡略に規
定するのみでした。改正法第621条は、判例法理を明文化し、賃借人は、賃借物
を受け取った後にこれに生じた損傷(通常損耗・経年変化を除く)について原状回
復義務を負うが、その損傷が賃借人に帰責できない事由によるときはこの限りでは
ない旨規定しました。
ツ 使用貸借の規定の準用(第622条)
第597条第1項(期間満了による使用貸借の終了)、第599条第1項及び第
2項(借主による収去)並びに第600条(損害賠償及び費用の償還の請求権につ
いての期間の制限)の規定は、賃貸借について準用されます。
テ 第622条の2
改正前は、敷金という言葉を使った規定もあったものの、その定義や法律関係に
ついて定めた規定がなかったところ、改正法は、「第4款 敷金」として新たな款
を新設し、敷金の定義や返還時期等についての規定を定め、判例・通説の法理を明
文化しました。