10 債権
⑷ 総則―債権の消滅
―相殺
ア 相殺の要件等(第505条)
改正法は、第2項を「前項の規定にかかわらず、当事者が相殺を禁止し、又は制
限する旨の意思表示をした場合には、その意思表示は、第三者がこれを知り、又は
重大な過失によって知らなかったときに限り、その第三者に対抗することができる。」
と改めました。
改正前の「反対の意思」の内容を具体化・明確化し、判例法理を明文化した債権
譲渡の禁止特約に関す
イ 不法行為等により生じた債権を受働債権とする相殺の禁止(第509条)
改正前は、不法行為の誘発防止、現実の金銭賠償による被害者の救済の趣旨から
不法行為により生じた債権を受働債権とする相殺は全面的に禁止されていました。
改正法は、相殺が禁止されるのは、悪意による不法行為に基づく損害賠償の債務(
第1号)、人の生命又は身体の侵害による損害賠償の債務(第2号)に限るものと
しました。しかし、相殺禁止対象の債権を他人から譲り受けた債権者に対する相殺
は禁止されません(ただし書)。
なお、第1号の悪意とは、「損害を与える意図」とされ、第2号には債務不履行
に基づく損害賠償債務も含まれます。
ウ 差押えを受けた債権を受働債権とする相殺の禁止(第511条)
改正法は、第三債務者は、差押前に取得した債権について弁済期を問わず相殺が
可能であるとして、無制限説の立場を明文化しました(第1項)。
また、差押後に取得した債権についても、差押前の原因に基づいて生じたもので
あるときは、第三債務者は相殺をもって差押債権者に対抗できるとの規定を新設し
(第2項)、相殺の担保的機能を更に保護しました。
エ 相殺の充当(第512条)
改正前は、弁済の充当に関する規定がそのまま準用されていました。
改正法は、相殺当事者の合意によるとしたうえで、合意がない場合には、「債権
者の有する債権とその負担する債務は、相殺に適するようになった時期の順序に従
って、その対当額について相殺によって消滅する」として(第1項)判例法理を明
文化し、当事者の指定によらないこととしました。
相殺する債権者の債権が負担する債務の全部を消滅するに足りないときに、数個
の債務を負担するときは相殺の利益が多い順に(第2項1号)、利息等を支払うべ
きときは費用、利息、元本の順に充当される(同第2号)。
相殺する債権者の負担する債務が債権於全部を消滅させるに足りないときは、前
項の規定が準用される(前項と同じく改正法第488条第4項第2~第4号、第4
89条が準用される)。
オ 第512条の2
改正法は、第512条の2を新設し、「債権者が債務者に対して有する債権に、
一個の弁済として数個の給付をすべきものがある場合における相殺」、「債権者が
債務者に対して負担する債務に、一個の債務の弁済として数個の給付をすべきもの
がある場合における相殺」につき、「前条の規定を準用する」としました。
―更改
ア 更改(第513条)
改正前の第513条第1項は、「当事者が債務の要素を変更する契約をしたとき
は、その債務は、更改によって消滅する。」と規定していましたが、改正法は、「
次に掲げるものを発生させる契約をしたときは」として、従前の給付の内容につい
て重要な変更をするもの(第1号)、従前の債務者が第三者と交替するもの(第2
号)、従前の債権者が第三者と交替するもの(第3号)に類型化しました。
第1号の「給付の内容について重要な変更をするもの」は、単に要素の変更に止
まらず、合理的な条件の変更や責任の変更も含むとする判例学説の立場を取り入れ
たものです。よって、「条件」の変更についての改正前の第2項は削除されました。
イ 債務者の交代による更改(第514条)
債務者の交代による更改は、債権者と更改後に債務者となる者との契約によって
することができるが、改正法は、改正前の第514条ただし書を削除し、更改前の
債務者の意思は債務者の交代による更改に影響しないものとしたうえで、債権者が
更改前の債務者に対してその契約をした旨の通知を効力要件としました(第1項)。
改正法は、第2項として「債務者の交代による更改後の債務者は、更改前の債務
者に対して求償権を取得しない。」とする規定を新設しました。
ウ 債権者の交代による更改(第515条)
改正法は、第1項として「債権者の交替による更改は、更改前の債権者、更改後
に債権者となる者及び債務者の契約によってすることができる」との規定を新設し、
債権者の交替による更改の要件を明文化しました。
エ 改正前の第516条(債権者の交替による更改)、第517条(更改前の債務が
消滅しない場合)は削除されました。
オ 更改後の債務への担保の移転(第518条)
改正前の第518条は、「更改の当事者は」としていましたが、改正法は「債権
者(債権者の交替による更改にあっては,更改前の債権者)は」と規定し、当事者
の合意によらず、債権者が、「その債務の担保として設定された質権又は抵当権を
更改後の債務に移すことができる」としました(第1項)。
また、第2項を新設し、「前項の質権又は抵当権の移転は、あらかじめ又は同時
に更改の相手方(債権者の交替による更改にあっては、債務者)に対してする意思
表示によってしなければならない」としました。
―有価証券
改正法は、第3篇債権、第1章総則の第7節として、「有価証券」の節を、また、
第1款から第4款として「指図証券」、「記名式所持人払証券」、「その他の記名
証券」、「無記名証券」を新設しました。
ア 指図証券の譲渡(第520条の2)
改正法は、「指図証券の譲渡は、その証券に譲渡の裏書をして譲受人に交付しな
ければ、その効力を生じない。」と規定し、改正前の第469条では対抗要件とさ
れていた「証券の裏書・交付」を効力要件に変更しています。
イ 改正法は、「指図証券」につき、前条のほか、指図証券の裏書の方式(第520
条の3)、指図証券の所持人の権利の推定(第520条の4)、指図証券の善意取
得(第520条の5)、指図証券の譲渡における債務者の抗弁の制限(第520条
の6)、指図証券の質入れ(第520条の7)、指図証券の弁済の場所(第520
条の8)、指図証券の提示と遅行遅滞(第520条の9)、指図証券の債務者の調
査の権利等(第520条の10)、指図証券の喪失(第520条の11)、指図証
券喪失の場合の権利行使方法(第520条の12)とする規定を新設しました。
ウ 記名式所持人払証券については、記名式所持人払証券の譲渡(第520条の13)
、記名所持人払証券の所持人の権利の推定(第520条の14)、記名所持人払証
券の善意取得(第520条の15)、記名所持人払証券の譲渡における債務者の抗
弁の制限(第520条の16)、記名所持人払証券の質入れ(第520条の17)、
指図証券の規定の準用(第520条の18)が新設されました。
エ その他の記名証券について、改正法は、「債権者を指名する記載がされている証
券であって指図証券及び記名式所持人払証券以外のものは、債権の譲渡又はこれを
目的とする質権の設定に関する方式に従い、かつ、その効力をもってのみ、譲渡し、
又は質権の目的とすることができる。」(第520条の19第1項)との規定を新
設しました。
効力要件及び第三者対抗要件につき、裏書禁止手形と同様の見解の対立があるた
め、規定ぶりを同様にしたうえで、権利の推定、善意取得及び抗弁の制限に関する
規律を設けないことにより証券の法的性質を明らかにすると説明されています。
指図証券を喪失した場合は、公示催告手続によって無効とすることができ(第5
20条の11)、権利行使方法は第520条の12による(第22項)。
オ 無記名証券については、「第二款(記名式所持人払証券)の規定は、無記名証券
について準用する。」(第520条の20)との規定を新設しています。